⑯散り椿
「散る椿は、残る椿があると思えばこそ、見事に散っていけるもの」
たとえこの世を去ろうとも、ひとの思いは深く生き続ける。
秘めた想いを胸に、誠実に生きようと
葛藤する登場人物
彼らが本当の愛と友情を教えてくれる物語
あらすじ
かつて一刀流道場の四天王と謳われた瓜生新兵衛は、上役の不正を訴え藩を追われた。
それから18年後は新兵衛の最愛の妻・篠は病気で命を落とす。
亡くなる間際に篠が新兵衛に残した最後のお願いを胸に秘め、新兵衛は帰藩する。
そこで新兵衛が目の当たりにしたのは、藩主代替わりに伴う人々の醜い争いだった
その争いに巻き込まれるかつての友人達、そしていつしかその争いは新兵衛をも巻き込むことになるのであった。
新兵衛と篠
この物語は篠の死から始まります。
別れの間際二人はこんな会話をします
「あなたにお願いしたいことがございます」「わしにできることなら何でもするぞ」
「故郷にお戻りくださいますようお頼みいたしたいのでございます」
「故郷に戻って何をすればよいのだ」
新兵衛の問いかけに篠が、永年胸に秘めてきた想いを話すと
願いを聞き入れた新兵衛が一つ篠に尋ねる
「そなたの頼みを果たせたら、褒めてくれるか」
読了後にもう一度この会話を読むと、新兵衛と篠それぞれの想いに胸が詰まります。
友情
かつて一刀流道場の四天王と謳われた新兵衛には3人の友がいた
篠原三右衛・坂下源之進・榊原采女
特に采女と新兵衛は剣の腕前が図抜けており、道場の龍と虎と呼ばれるほど
そんな彼らも過ぎる時間の中で立場も変わり、多様な人生を歩むことになる。
その様を表す采女のセリフが
「道場で木刀を打ち合い、けいこが終われば冗談を言い合う。時には些細な行き違いから口論になったりもした。当時は何とも思わなかったが、生き生きとした自分がそこにいたことは間違いない。皆それぞれに生きてきた澱(おり)を身にまとい、複雑なものを抱えた中年の男になってしまった。もはや昔のように素直に胸中をあかすことなどできはしないだろう。」
愛
新兵衛の妻・篠には新兵衛と夫婦になる前、恋に落ち縁談が組まれた人がいた。
それは新兵衛の一番の友人・榊原采女だった。
2人は誰もが認めるお似合いの夫婦になると思われていた。
しかし、采女の母・滋野が家の出世のために縁談を破談とした
滋野は代わりに家老の親戚との縁談を進めようとするが
采女は篠以外の女性を妻として迎えることは考えられず
全ての縁談を断り、ついに妻を迎えることはありませんでした。
その一方で、篠は新たに新兵衛との縁談は組まれ無事に夫婦となるのでした。
采女は篠を忘れることができたのか
篠が本当に愛する人は誰か
新兵衛はすべてを受け入れてなお、篠を愛することができるのか
感想
「散る椿は、残る椿があると思えばこそ、見事に散っていけるもの」
この言葉が物語の登場人物全てに重ね合わすことができ
全員が誰かのために、友情と愛のために死のうとしているように思えました。
本当の友情や愛は、打ち明けることが全てではなく
時には胸の内にひた隠すことも時には必要だと感じました
そしてその思いを打ち明けた時に、自らの命をも惜しまずに
行動を起こしてくれる人こそ、本当の友であり恋人なのかもしれません。